2F 平家物語
一の谷の合戦
第10景「一の谷の合戦」

寿永2年(1183年)、木曽義仲の軍勢が都に迫り、平家は幼少の安徳天皇を奉じて都を落ちた。
しかし、入京した義仲は、後白河院と対立し、院は源頼朝に義仲を追討を命じた。
頼朝は、二人の弟、範頼(のりより)と義経を大将として軍勢を差し向け、義仲は近江で討ち死にした。
一方、九州・太宰府まで逃れた平家は、やがて屋島に本拠を構え、いまの神戸福原の一の谷に堅固な城砦(じょうさい)を築き、多くの軍勢を集めた。
翌寿永3年2月、源氏は一の谷の攻撃を開始した。平家も必死に防戦していたが背後に回っていた源義経の3千余騎が鵯越えの崖上から急斜面を駆け降りて奇襲をかけたため、難攻不落と見えた城砦もついに落ちた。
平家は総崩れとなり、再び、屋島へ落ち延びていった。

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